BLOG興味・関心・日々の出来事

東京ミッドタウン サマークラシックコンサート

  • 2013年06月30日UP(MUSIC)
  • 本日東京ミッドタウン サマークラシックコンサートに出演しました。
    共演は新潟でのクラ5でおなじみ、パリジャン2年目・中秀仁さん(今日はバスクラリネット)。
    東京ミッドタウン サマークラシックコンサート
     
    13時・15時・17時の3公演でした。
    回を重ねるごとにまわりの明るさが変化していてそれによって気分が全然かわった。不思議~!
     
    演奏曲目は以下♫
    愛の挨拶
    美しきロスマリン
    愛の喜び
    チャールダーシュ
    リベルタンゴ
    リバーダンスよりアメリカンウェイク
    L-O-V-E(ナット・キング・コール)
     
    とっても楽しかったです!
    15時の回がとくにお子様連れのお客様が多く、子供の満面の笑顔に囲まれ♡イチバンの幸せを感じました!
    こういう演奏ってキャラバンに通じるものがありまして。聴く人と近くって。反応が感じられて。いろんな人がいる!
    どんどんやっていこうと思います!
     
     
     
     

THE PIANO QUARTET

  • 2013年06月28日UP(MUSIC)
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    6月26日@表参道・カワイコンサートサロン「パウゼ」での演奏会での一コマ。
     
    おかげさまでチケットは完売&当日券も7枚出まして(これって結構すごいことなのです☆) 満場のお客様と一緒に音楽の旅をすることができました。
     
    たくさんのお客様がドシャ降りの中、無事いらしてくださいました。そしてにこにこと帰って行かれる姿を見ることができて私は本当に幸せでした。
    メンバー4人の両親が全員集まるというこれまた稀有なことが起こり、それも本当にうれしいことでした。
     
    みんなの表現力に脱帽。母国語をしゃべるように弾く。
    もーほんと愛すべき仲間たちです。第2回目が待ち遠しい!
     
    こちらも愛すべき仲間たち。タラコデザインの4人です!
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    左からてらおくん、わたし、たおきさん、ふじもと&むらいシスターズ。
    HPや新潟でのクラ5、リサイタルのチラシなどつくってもらってます!
    一緒に面白いこと、たくさんやろうね~
     
     
     
     

アントワン・タメスティ

  • 2013年06月22日UP(MUSIC)
  • 今日は調布音楽祭へ行ってきました!わが町調布。高校の頃は調布にある寮生活を送っていたのでれっきとした調布LOVE市民。MY庭調布。試験といえばたづくりくすのきホール。門下の発表会もくすのきホール。
     
    その思い出たっぷりのくすのきホールで今日はヴィオラのアントワン・タメスティさんを聴いてきました。
    ホールエントランスではベートーヴェンの弦楽四重奏が演奏されていました。ラズモフスキー第2番。すごくさわやかな演奏で、しかも上手だった!!桐朋の学生さんたちによる演奏でした。音楽に今の自分たちで真剣に向き合っているのが伝わってきてとてもうれしかったです。(先輩風か。。。)
     
    タメスティさんはバッハの無伴奏チェロ組曲の第1・3・5番を。
    すごく音楽祭の一環となっている感じがして、それをとても喜びに思って演奏していたのがこちらの気持ちをハッピーにしてくれました。やっていることはすごく新鮮、テンポ感や音の飛ばし方など、とても立体的で今を生きる、本当の今、という瞬間を感じました。
     
    最近とても興味を持っている舞踊や演劇。それにもつながるものをつかんだ気がする。
    やはりすべてのことには普遍的なポツンな点があるんだな。

ピアノカルテット始動!!

  • 2013年06月21日UP(MUSIC)
  • はい、今日をもってピアノカルテットの始動の日といたしましょう。
     
    来る6月26日19時から表参道にあるカワイコンサートサロン「パウゼ」にて演奏いたします。
    曲目は昨日のブログを読んでいただいていたり、インフォメーションを見ていただいている方はご存じだと思いますが、ピアノカルテットの名曲は?と聞かれて必ず上がるであろうシューマンの作品。そして演奏時間がほかのものと比べて長いため演奏される機会の少ない珠玉の作品、ブラームスのピアノカルテット第2番。
     
    1日中、文字通り朝から晩までリハーサルをしてきました。いやー、楽しかった。
    よくこのメンバーが集まったものだという絶妙なバランス!音の質もいい感じに合ってる。
    沈黙という時間がほとんどないくらい弾き、話し合い、曲の全貌がだんだん見えてくる楽しさ。
     
    もう数回リハーサルがありますが、本当に楽しみでたまらない!!
    次までにこれやってみようあれトライしようと・・・うきうき目論み中です。
    この感じ。。。きっとまだまだこのメンバーでのアンサンブルは発展していくんだろうな。
     
    記念すべき第一回目の演奏会。
    26日の夜が空いていたらぜひ表参道のカワイコンサートサロン「パウゼ」にぜひ!
     

6月19日

  • 2013年06月19日UP(徒然)
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    ついに梅雨らしい楽器の鳴り方になってきたような日。
    こういうときは無理をしないのが一番。と思いつつ結局夜にぐむむと苦悩していた自分!!!
    鳴らそうとすると鳴らない、なんともかわいいやつです、はい。
     
    梅雨だけど元気よく行こう!とテンションが上がる感じのお菓子を買ってきて飾ってみた。
    ふ菓子30本入りです。なんか気のせいか縁起よくみえるので。これはしばらく開けないつもり(笑)

concert information

  • 2013年06月19日UP(MUSIC)
  • 来る6月26日にカワイ表参道コンサートサロン「パウゼ」で室内楽のコンサートがあります!
    http://www.kawai.co.jp/event/detail.asp?id=4701
     
    メンバーは私、ヴィオラ原麻里子さん、チェロ金子鈴太郎くん、ピアノ島田彩乃さん。
    みんな桐朋出身という共通項を持つけれど4人で弾くのはこれが初めて!
    明後日の初合わせが楽しみだー。すっごくわくわくする。
     
    しかもプログラムがいいんです。
    シューマンのピアノカルテットとブラームスのピアノカルテット第2番。
    お時間あればぜひ遊びにいらしてください。
    (終わってから表参道でディナー、というダブルな楽しみ方もできますよ❤)
     
    シューマンはかつて、忘れもしない2001年9月11日に故・山根美代子先生のお宅に初めてレッスンに伺ったときの休憩時間に、旦那様シモン・ゴールドベルグ氏の演奏を聴かせてくださった。(山根先生のレッスンはその当時少なくても3時間。この日は夕方から終電まで。)そして、美味しいリンゴジュースがあるのよ、といって出してくださった。そして流れ出したこの作品の緩徐楽章を聴いてなんともいえない感情になり・・・、それは胸が詰まるとかそういう貯め込む感覚ではなく、何かの堰を切ってくれたかのような感覚で、ついでに私の涙腺まで切ってくれちゃったのである。(山根先生は怪訝な顔をしつつもなんだかうれしそうだったことを覚えている)
     
    なんなのでしょうね。全て許されたような安堵感。胸に貯めていたこと、肩の荷がよっぽど重たかったのか。
     
    音楽には不思議なチカラがあると思う。
    言葉ではどんなに慰められないようなことでもその音を聴くだけで気持ちが緩んだり、逆に鼓舞されたり。
    ジャン・フランセの目指した音楽は”喜びを与える”ものだったという。
    愛だ。
    そんなことを知るにつけ、音楽にかかわっていることを幸せ、と同時に命がけ~と思う。
     
     
    そんなジャン・フランセのクラリネット五重奏は今秋9月29日に我が故郷・新潟で演奏します!!!
    1日限りのフェスティヴァル。そちらも乞うご期待!!
     
     
     
     

推薦文!

  • 2013年06月17日UP(徒然)
  • 熊谷拓明ソロパフォーマンス「僕が部屋で踊る理由」PV
     
    友達の舞踊家・くまくんが7月にソロパフォーマンスをします!
    そこで何回か観せてもらっているということから、推薦文を書くことになりました。
     
    ご興味ある方、ぜひ足を運んで彼の世界をのぞいてみてください!!!
    たぶん初めてのところには飛び込みづらいとは思うのですが・・・、いろんな方に観ていただきたいという願いがくまくんや私たちには共通してあります。
    一見の価値ありです。
     
    ここにも掲載させていただきます。
     
    舞踊家・熊谷拓明のパフォーマンスには人間の身体には無限大の可能性があるということに気付く”何か”があります。
    私が初めて彼と出会ったのは高崎・山名八幡宮でのイベント。そこでみた彼のムーブメントは今まで知っていた人間の動きとは全く別な動きの連続でした。
    そしてソロパフォーマンスでは時空を自由に飛び回り、日常に垣間見える非日常や不条理を淡々と、時には笑いを交じえながら舞台に繰り広げます。(音楽家としてはシーンごとに変わっていく彼の選ぶ音楽に興味津々!)
    自分の感覚は無限大の可能性の中のぽっちりとしたひとつの点でしかないのかもしれない、と思わせる”何か”。ぜひ彼の踊りを見て感じてみてください。
     
    「僕が部屋で踊る理由」
    2013年7月6、7日
    @踊心ダンスシアター(http://踊心.jp/schedule_05.html)

訂正とお詫び

  • 2013年06月13日UP(徒然)
  • 昨日掲載した詩、「最後だとわかっていたなら」ですが、アドヴァイスがあり出典などを調べていましたら大変大きな間違いを発見。
     
    この詩は9.11テロで亡くなった消防士が書き残した詩ではありませんでした。アメリカのノーマ・コーネット・マレックという女性が、わが子を亡くしたときに書いたものです。それを、テロの時に世界中にチェーンメールで勝手に流されてしまった、と。そして一部に訂正があります。チェーンメールとして使われた際に原詩をアレンジされていたようです。
    下記が正しいものです。
     
     
    「最後だとわかっていたなら」
    作・ノーマ・コーネット・マレック/訳・佐川睦
     
    あなたが眠りにつくのを見るのが
    最後だとわかっていたら
    わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
    神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
     
    あなたがドアを出て行くのを見るのが
    最後だとわかっていたら
    わたしは あなたを抱きしめて キスをして
    そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
     
    あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
    最後だとわかっていたら
    わたしは その一部始終をビデオにとって
    毎日繰り返し見ただろう
     
    あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
    最後だとわかっていたなら
    一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
    わたしは 伝えただろう
     
    たしかにいつも明日はやってくる
    でももしそれがわたしの勘違いで
    今日で全てが終わるのだとしたら、
    わたしは 今日
    どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
     
    そして私達は 忘れないようにしたい
    若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
    約束されていないのだということを
     
    愛する人を抱きしめるのは
    今日が最後になるかもしれないことを
    明日が来るのを待っているなら
    今日でもいいはず
     
    もし明日がこないとしたら
    あなたは今日を後悔するだろうから
    微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
     
    忙しさを理由に
    その人の最後の願いとなってしまったことを
    どうしてしてあげられなかったのかと
     
    だから 今日 あなたの大切な人たちを
    しっかりと抱きしめよう
    そして その人を愛していること
    いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう
     
    「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう
    そうすれば もし明日が来ないとしても
    あなたは今日を後悔しないだろうから
     
    『最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版)より
     
    チェーンメール・・・3.11のときにもいろんなチェーンメールに思えない”ライブな情報”に見えるチェーンメールがいくつも送られてきて、そのたびにこれはみんなにも知ってもらわないといけないのでは?でも本当なの??とただでさえ平常心ではない気持ちを逆なでされたものでした。
     
    自分がブログをアップしたのもチェーンメールのようなことではないか?!と少しの憤りを感じつつも、この詩にきちんと出会えたことをとっても感謝しています。昨日よんでくださった方、ありがとうございます、そしてごめんなさい。

6月12日

  • 2013年06月12日UP(徒然)
  • ”最近、ずっと外へ外へ向いていた気持ちがだんだんと自分に向いてきている。”
    昨日かいた言葉。
    いま考えてたのは・・・
    自分が常に何かからヒントを得ているのはよーーーくわかっている。
    ただその”何か”が自分の外にあるのか内にあるものなのか、積極的に探しに行くか気づいたら受け取るのか。日々その比重が変わってくるのである。
     
    いつも考えているとか、自分にとって当たり前なことでも違うフィルター(例えば舞踊や絵や写真)を通すと違う視点から見えてくる。いままでどうしても納得いかなかったことがするんと落ちてくる。
     
    ピナの映画をみてて、彼女の振付けた”春の祭典”の初め、弦楽器が全部ダウンボウでざっざっざっざっと刻み始める瞬間のダンサーの女性たちの動きにぐわっし!とばかりに掴み取られた。。。すごい。と思ったらなんか涙出てきちゃって大波にのまれたように。
    冷静ではいられなかった。
    こういう自分でコントロールできない気持ち、感情を音にしたい。。。
    息をするように楽器を弾きたい!
     
     
     
    最近知った詩。
    作者は、2001年のアメリカの同時多発テロで、貿易センタービルに一機目が激突したあと、救助のために最初にビル内に突入した数百名のレスキュー隊の一人で、行方不明になってしまった29歳の消防士。
     
    「最後だとわかっていたなら」  ローラ・ホートン
     
    あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
    わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
    神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
     
    あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
    わたしはあなたを抱きしめてキスをして
    そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
     
    あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら
    わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう
     
    確かに いつも明日は やってくる
    見過ごしたことも取り返せる
    やりまちがえたことも やり直す機会が
    いつも与えられている
     
    「あなたを愛している」と言うことは
    いつだってできるし
    「何か手伝おうか?」と声をかけることも
    いつだってできる
     
    でも もし それがわたしの勘違いで
    今日で全てが終わるとしたら
    わたしは 今日
    どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
     
    そして私達は 忘れないようにしたい
    若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
    約束されていないのだということを
     
    愛する人を抱きしめるのは
    今日が最後になるかもしれないことを
    明日が来るのを待っているなら
    今日でもいいはず
     
    もし明日がこないとしたら
    あなたは今日を後悔するだろうから
    微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
     
    忙しさを理由に
    その人の最後の願いとなってしまったことを
    どうしてしてあげられなかったのかと
     
    だから 今日 あなたの大切な人たちを
    しっかりと抱きしめよう
    そして その人を愛していること
    いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう
     
    「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を
    持とう
    そうすれば もし明日が来ないとしても
    あなたは今日を後悔しないだろうから
    **********************************************************************
     
    「そして私達は 忘れないようにしたい
    若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
    約束されていないのだということを
    愛する人を抱きしめるのは
    今日が最後になるかもしれないことを
    明日が来るのを待っているなら
    今日でもいいはず」
     
    明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず。
    この言葉を胸にそっとしまって。
     

6月11日

  • 2013年06月11日UP(MUSIC)
  • 最近、ずっと外へ外へ向いていた気持ちがだんだんと自分に向いてきている。
    吸収しようとするのもいいけど、で?吸収したものをどうするん?と知らない自分に言われた。
    だんだん自分の”点”がしっかり定まってきている感覚もあり、あとはやるだけ。
     
    昨日はHPをつくってもらっているtaracodesignにくまくんをみにいってきたhttp://www.taraco-design.com/
    くまくんの踊りをみておおお!って思ったよ。。あの空間察知の感覚は、いったいなんだ?
    舞台にいろんな照明や装置と存在してきた人の持ってる感覚ってスゴイな。
    Noismの公演でもまず照明の使い方や小物の見せ方に感覚をざざざと撫でられて、こういうこと全部ひっくるめての”舞台”なのか~となんだかふつうな感想になっちゃうけど心底思った。
    そしていつもそのこと考えてる人の創るものは、どの人の心にも引っかかるんだとおもうなあ。
    すっとしみこむこともあり、時にはいやなひっかき傷のように残ったり。
     
    さあ、明日もまた練習だー。
     
     
     
     

6月9日 音楽は語る

  • 2013年06月09日UP(MUSIC)
  • 昨日無事にクオーターズクラブチャリティーコンサートが終わった。
    25周年という事でとっても盛りだくさん、全部で3時間(ゲネプロも3時間)のコンサート@サントリー大ホール。あたらしい出会いと再会にまたも恵まれ、これからなにをやっていこうかな!とわくわく。
     
    一夜明けた今日、再びサントリーホール詣で。
     
    小ホール・ブルーローズでボロメーオSQがベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会をしているという情報をいただき、めでたく行ける運びとなった。こういうコンサート、行きたい!と思っても仕事が入っていたりちょうど移動時間に引っかかっていたりすると当然ながら行けないことも多々ある。今日行けることになって本当に良かった。収穫の一日。
     
    サントリーホールにはチェンバーミュージックガーデンhttp://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/chamber2013/という今年で3年目になる企画があって、今日のボロメーオSQの公演はその一環。
    弦楽四重奏を弾く者にとっての最高峰とも言ってもいいこのベートーヴェンの作品15曲。
     
    このボロメーオSQはMacBookにスコアを取り込み、足元のペダルで譜めくりをしながら弾くのです。これは第1ヴァイオリン奏者のニコラス・キッチンさん(ニック)がスコア=総譜をみながら弾きたいという思いで始めたこと。
    最初はペダルでずいぶん苦労したそうだ。既成のものを使ってみたもののうまくいかず、最終的にニック自らシステムをつくってしまった、というやりたい事のためならばエンジニアにもなるヴァイオリニスト(!)
     
    ニックには2007年に参加したとやまの音楽祭でレッスンを受けた。その時から楽譜から読み取ることの大切さとおもしろさや、作曲家とコミュニュケートする、ということを言っていて自分が読んでいるベートーヴェンの書簡集やら弟子のチェルニーが書いた本やらを見せてくれた。
     
    コンサートの後にニックのレクチャーがあった。
    今回圧倒的圧巻だったのはそのコミュニュケート方法として自筆譜のスコアをどのように見ていくかという部分。
    ベートーヴェンはかなりの悪筆だったことは有名だけれど(ぐちゃぐちゃ、と消してあったり、何度も書き換えている跡があったり)、だからこそ、譜面に残る苦悩や試み、そして表情記号への想いの深さが見えるのだ!
     
    そして、書き換える前、つまり出版されなかったバージョンの音もSQで再現してくれた。
    ・・・これでもOKだけど。という感じもするが、そこでベートーヴェンがなぜ変更をしたか考える。
    たとえば、ここは最高潮に盛り上がったままバシッと”終わり!!”にしたかったんだなあ、とかね。
    そうしたらそのバシッ!と終わる具合をもっと高めてみることができる。
     
    演奏はラズモフスキー1・2・3番と休憩を15分ずつはさみながらだったが、ものすごく緊張感のある充実した音楽で聴く方も一曲一曲持って行かれた。。。。(これを書いているいまはもうぬけがらのようです。。。)
     
    カルテットはいいなあ!と演奏とレクチャーに参加して心底思った。
    でもそれが一番そう感じられるのは組んでやることだとも痛感。
    一緒の時間を過ごすことではじめてわかってくることってたくさんある。
    そしてこれはセカンドを弾いてるタンくんがリハーサルについていってたけど、一緒に過ごすことでメンバーの考え方もわかってきて、そのうえで提案があるということは”なにかがある”ということだ、と。(かなりの自分解釈ですが)
     
    つまりだね、ひたすらに続けることってかなり大事なんだぜ。
    って思って、心していろんなことに取り掛かろう。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

6月7日

  • 2013年06月08日UP(MUSIC)
  • 今日は明日行われるチャリティーコンサートのリハーサルへと行った。14時から19時過ぎまでの長丁場であったが本当にいろいろと考える材料をもらった。
     
    まず、師事をするという事。これは一生続くことではなく長い人生での一部分である、と思っていた方が良い。もちろん一生の心の師、と仰ぐ方はたくさんいる。でもそれとは別な考え方で。
    師からの教えを受け継ぎながらもそれを次代に活かすために個を確立する。そしてその自分が選択し、そして吸収した師の教えを借りてきた着物としてではなく肉体の一部として生きる。結局見えるものの真似をしていても限界があるという事・・・一番大事なことは目に見えないのですよ。
    ・・・そこにじぶんのかんがえはあるのか。
     
    そして個を貫くという事は自由に見えるけど闘いの連続だということ。さきの日記にも書いたけれど転げ落ちるのはどんなに簡単なことか。
     
    どんな状況でもフラットな自分をもつこと。ひとによって態度をかえないこと。
     
    どんなところでも学びの宝石は転がっているのだな。ほこりをかぶって。それをいちいち拾ってフーっとほこりを払って、手で拭って、洗って、布で磨いて、、、、そうやっていく。
     
     
    ここから打って変わりますけど(笑)
    そんな今日の夜はうちの近所でしゃぶしゃぶ食べ放題!
    前々から計画していたことで、そのために今日のお昼は豆乳にきな粉やらゴマやら、自然っぽい粉を混ぜたものだけ。当初は18時に終わる予定だったので持つかと思いきや19時~!しかもしゃぶしゃぶ店人気につき1時間待ち!!!
    完全に失策。。。ちーん。
     
    ぺこぺこの限界までいった私のお腹ですが、今はぱんっぱんです。
    歩き方が完全におかしくなるまで食べて幸せ♡
    美味しく食べられることは本当に幸せだ、と言い合いながら肉をつついた夜でした。

6月6日

  • 2013年06月07日UP(徒然)
  • 今日はさらう日。朝からよく弾いた方かな最近では。こういう日は忘れないで手とかケアすることが大事。。。もう20代じゃないし!放置禁物!!さみしいことだけど大事なことでもある。自分の体の声にちゃんと耳を傾ける。それがこれからも走る基盤になるから。
     
    昔から健康おたくを自負している。玄米とか体によさそうなお茶とか?
    健康を意識することは生活の中心ではないけれど。
    美味しいものを美味しく食べたいし、素材が良ければシンプルな調理法で美味しいと思うので調味料も選ぶ。
    今日はパスタにした。トマト・ブロッコリーをオリーブオイルで炒めた中に、パスタとたたいた梅干し、ゆで汁をいれてなじませるだけで、は~おいしい。
     
     
    今日は弾きながらもチラシの打ち合わせ、チケットの手配、楽譜の問い合わせなど事務方が多かった。
    私の部屋はどちらかというと家よりアトリエ。心底だらんとくつろぐ場所では残念ながらなく、練習する場であり自分と外の世界をつなぐ中継ステーションの感覚。みんなの部屋に対しての感覚ってどういうものなんだろう。
     
    いま、日本の歌の小品に編曲されたものの発掘にいそしんでいる。今も音源を聴きながら書いてます。
    日本の歌をたくさんの人に聴いてほしい。その曲に込められた抒情や日本の文化の流れの中で生まれた光や影の感覚。海外に向けてもっと誇っていい部分だと思う。そしてそれらを弾いていくことで自分の感覚も開けていくんじゃないか、という気がしている。
     
    ”ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人”というDVDをみた。
    ハーブは郵便局員、ドロシーは図書館の司書。二人ともアートが大好きで仕事が終わると作家に会って作品を見て、つつましい生活の中から払えるだけのお金で作品を買うことを何十年もつづけた。アートはどんどん彼らの小さなアパートメントに溜まっていき、ワシントンD.Cのナショナルギャラリーオブアートに寄贈することになった時には引っ越し用のトラックに5台!!
    Vogel collectionとして彼らの所蔵した作品は有名である。
    作品を何点か売れば人が考えるいい暮らしはできただろうが、かれらはコレクション自体をひとつのアートとして考えていた。一つ欠けるだけでもダメなんだ、と。ナショナルギャラリーから謝礼としてもらったお金さえも心地いい暮らしのためには使わず、新たにアート作品を購入するためにあてた。ギャラリーに還元するために。
     
    この映画を見て考えさせられたのは、一度だけの人生、自分はどういう生き方をするのかということ。
     
    いつまでこういう生活を続けるのですか?とドロシーが聞かれて、楽しくなくなったらやめるわ、といっていたのが気持ちよかった。
     
     
     
     
     
     

6月5日

  • 2013年06月05日UP(徒然)
  • うちの近所を歩いていてふらりと入った古本屋さん。そこのおかあさんと話が弾んだ。
     
    年を取るってことから男の人の女性にお母さんを求める願望、吸収すること、おとうさんのはなし、長女って甘えべたというか甘え方を知らないとか、興味を持つことなどなど、も~~多岐にわたり約1時間。おもしろかったなあ。
     
    転がり落ちるのは本当に簡単なのよ、現状維持の車輪を小さくしていかにずっとこぎ続けるかよ、とか、おかあさんが日々感じてることや考え方を聞きながら、常に興味津々で好奇心をもってるざっくばらんなおかあさんに心強いものを感じた。
     
    人生30代がいちばんいい、ってむすめにもいってんのよ~。20代のときは若いけど、その時にはできないようなお金の稼ぎ方・使い方が30代にはできるし、社会も見えてきてまだ体も全然動く。それ以降は人にもよると思うけど、まあでもほんとにいいのは30代のうちよ!
     
    はっきりといいながらも”だからね、あなたもこうしなさいよ”とお説教めいた話は一切しないおかあさん。教訓めいた話って相手をコントロールしてしまうことがある。それは束縛、ともいう。そうじゃないのを初めて体験してすがすがしかった。
     
     
     
     
     
     
     
     
     

6月4日

  • 2013年06月04日UP(徒然)
  • 今日は渋谷で規制があるらしい、ということでなんかあるらしいと知った朝。
    テレビを見ていないし新聞のスポーツ欄もななめ読み。バイエルンが優勝したらしいね~、の域です、はい。全世界のサッカーファンの方々には申し訳ないがサッカーはよくわからないのであります。きっとスタジアムに行って体験すれば変わるだろうと思う。その空気を知らないだけなのだから。
     
    昼に調布音楽祭のチケットを調布グリーンホールに買いに行ってきた。22日、ヴィオリスト、アントワン・タメスティのバッハ無伴奏曲演奏会。そしていつ会うのでもうれしい友達とご飯を食べて毎度のごとく時間はするするっと過ぎ。
     
    そして友人のお見舞い。友達にちょうどよく調布のロータリーで拾ってもらって病院へ。2週間ぶりに会う友人は今日初めて歩いたという!!初めて記念日の二回目に立ち会う栄誉。
     
    そして帰り道に ”・・・残念ながらおなか減ってないなー” ”いーやあたしは減ってきた!” ではかるく寿司でもつまむかなどと言い合い寿司屋へ。6時半なのににぎわう寿司屋。人気店だわ、初めてだったけど。そしてテレビではサッカーの中継が。病院の緊張感で疲れたのかTVを横目にもくもくと喰らう。生牡蠣ちゅるり。おなかがすいたはずの私はすぐ満足し、すいていないはずの友達は”イノウエは食べなくなった、つまらぬ”といいながらたぶん私の倍くらい食べてた不思議。
    結局キックオフは見ずに出る。で、すぐに忘れる。
     
    帰宅後、譜読み&基礎練。民族の感覚をリズムで書き表してる作品を読んだけどホント難解。まだ難解。歌になるまで時間かけよう。そしてB!ブラームス!なんで感情をあんなにかき立てられるのでしょうか。。。!!
     
    といった一日。ともだちのがんばりにカンパイ!!!!!うほうほ。

改革

  • 2013年06月04日UP(MUSIC)
  • 最近練習の仕方を変えた。基礎は基礎としてまとめて全調スケールなどをやっていた。やらないよりはいいとはいえど、より向上しようと思えば程遠いのでは。これはNoismの公演を観ていろいろ考えたということでもある。弾くための体力・ベースづくり。日々弾いてはいるけど、それは効果を感じているの考え過ぎず考えてとにかくやる。質を底上げする。(は~、口にするのは簡単!)
     
    というわけで昔(13歳くらい?)やっていたファイルを引っ張り出した。様々な基礎練習、スケールシステム、エチュード、コンチェルトの一部分など必要なテクニックの抜粋をしたもの。(思えばバイオリンを始めてから今までさまざまなスケールやエチュードをやってきたものだ。)内容を抜本的に改革。なんせスタートしたときからあまり変えてなかったもので。これはいまはいいかな、と抜いたり、これやっておこうと新たに入れたり。考える手がかりになる。竹内邦光先生の無伴奏作品には普段あまり練習しない4度音程の重音がたくさん出てきて手に苦労を掛けたのでそこも強化しようと入れてみる。
     
    作品とがっつり向き合うことがメインなんだけど、音を出す段階になった時に自分のテクニックがテクニックとして意識しないでいいレベルにあるかどうかが結構大きなことだと思う。これはバレエのバーレッスンをする大切さに通じるのではないかしら。コンテンポラリーを踊る人もバーレッスンってするんじゃないかしら。
     
    明日もがんばりましょ。
     
     

6月2日

  • 2013年06月03日UP(徒然)
  • 今日の午後は一路神奈川へ。渋谷から東横線に乗り換えるのも慣れてきた。今日は急東横線乗り場を左手にみながら地下へともぐるもぐる。今までは井の頭線からすぐ外へ出て、地下の半蔵門線乗り場を通って行っていた。ま、どちらにしても歩くけど。最近こまめに歩くようにしてるけれど、私の行動範囲で一日1万歩歩こうと思うと結構きつい。今日も相当歩いて、・・・あ、一万歩いってるし!!10511歩な~り~♡
     
    神奈川は元町・中華街駅。東横線の終着駅である。オペラ塾、特にモーツァルトの3作をやっていた3年は一定の期間毎日のように通っていた場所。
    今日は2011年にあたらしくできたKAAT神奈川県立劇場へNoism1の公演を見に行ってきました。
    ZAZA~祈りと欲望の間に http://www.kaat.jp/detail?id=7191
     
    われらが新潟に存在する、国内唯一の公共劇場専属舞踊団Noism。サイトウ・キネンでのオペラ「中国の不思議な役人」でオケピからでしたが間近に見て、そしてオペラが創り上げられていく現場をともにしました。その時にNoism2の人と知り合ったこともあって、ずっとNoismの名前は頭のどこかでチカチカしていて、絶対客席で観たい!と思っていたのでした。
     
    今日が私のNoismデビュー。舞台は想像以上のもので、というか、舞台っていうのはそういうものだな!と思わせられた、ひりひりするような100分間。全部が自分にとって新しいことで食い入るように見つめていた100分間。終わってみたら憔悴に近いほどに疲れていた。これは知恵熱ものですよ。劇場を出た後の潮風が体を冷やしてくれて気持ちよかった。
     
    これからも動向にしっかり注目していきたいと強く思った。そして、もっとたくさんの人にNoismの存在を知ってもらいたい!!そして観に行ってほしい!!
     
    静岡公演がまだあります!
    7月20,21日の全2回、静岡芸術劇場にて。
     
     
    Noismノイズム)は、2004年春に誕生した、日本初の劇場レジデンシャルダンスカンパニー。現在、新潟県新潟市中央区の新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)を拠点に活動し、新潟市が全額出捐する財団法人新潟市芸術文化振興財団の予算によりカンパニーの諸経費、団員の給与、公演にかかわる事業費などが賄われている。また、経理や活動の支援として、複数名の新潟市職員が選任職員としてNoismの活動に充てられている。(Wikipediaより)
     

6月1日

  • 2013年06月01日UP(MUSIC)
  • 例年より10日ほど早く梅雨入りしたけれど早速晴れ間に恵まれた5月最終日。
    紀尾井ホールでのジュリアード弦楽四重奏団の公演を聴いてきた。
     
    今回ヴィオラ奏者のローズさんが退団を決意され、日本ではこのメンバー最後の公演ということだった。
    加入してから3シーズン目をもうすぐ迎える第一ヴァイオリンのジョセフ・リンさん。最初のシーズン、2011年の11月にやはり紀尾井ホールで公演があり聴きに行っていた。その時感じたほんの少しの違和感が今回はなくて、彼らが入ってきたときに今までにない家族の連帯感のようなものを感じた。音も4人で織りなす繊細な敷物のようで。各自違う糸なんだけど全部でひとつに。
    時間をかけて変化をしていくものは絶対あって・・・、ついつい短いスパンで物事を考えまだできないまだできないとキリキリしがちな自分の視野が解放された気持ちになった。
     
    どの作品も生きていて創造の現場に立ち会ってる感びしびしだったけれど、一番心をつかまれたのはやはりヤナーチェクのクロイツェル・ソナタ。第一楽章から始まってどんどん話が展開し、最終楽章でのクライマックスでヴィオラから始まる叫び。44シーズンをカルテットにささげた人が絞り出す”声”は作品に向き合う事や自分・自分たちの音に毎日毎日向き合う事を考えさせられるような、どこにもすき間のない”感情”だった。
     
    ひっきりなしに出会い・再会をしているこの頃。
     
    今日も大事な大事な、私の小学校6年から習った先生に再会。音楽の素晴らしさ、厳しさ、基礎の大切さ、室内楽の素晴らしさを示してくれた先生にはいくら感謝しても足りない。最初に室内楽をするきっかけ、海外に行くきっかけをくださったのも先生。練習は計画的にするものだと教えてくださったのも先生。
     
    そしてさよならも。
     
    水戸室内管弦楽団でご一緒させていただいていたヴァイオリニストの潮田益子さんが亡くなった。
    年末から闘病されていたことは1月にあった水戸の公演で知った。ご本人からのファックスは明るく、いつもの潮田さんの明るい柔らかいお声をそのまま文字にしたような文章で、私たちは復帰を信じて疑っていなかったので・・・知った時には言葉が出なかった。
    いつもえらぶることなく"そのまま"の姿をすいぶん年下の私たちに見せてくださっていた潮田さん。ケータリングの果物や差し入れを”おいしいわね”と喜んで食べていたような、そんななんてことのない場面ばかり目に浮かぶ。もう会えないなんて信じられない、といつもサヨナラのときに思う。
    心からご冥福をお祈りいたします。